「今こそ公共事業の本質を誇りを持って伝えよう」



大石会長が各界の第一人者をお招きし、経済や社会、歴史、文化など幅広い分野と土木の関わりを議論する対談の第3回。今回のゲストは出版・映像・文化イベントなどのプロデューサー、残間里江子氏。国土交通省の社会資本整備審議会委員などを務めた経験もあり、インフラについて見識の高い残間氏と大石会長が、「土木の伝え方」を議論した。

残間里江子氏 プロデューサー、㈱キャンディッドプロデュース代表取締役社長
大石久和 第105代土木学会会長

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ジャーナリストを迎えて市民との“共通言語”を学んだ勉強会


大石――今日はわざわざお越しいただきありがとうございます。

残間――いいえ。大石さんが土木学会へいらしてから、どんなことを考え、何をなさるおつもりかと興味津々だったんですよ。

大石――以前から私は「国土学」と言ってきましたが、自然のままでは使いにくい国土に働きかけをして、豊かで安全な暮らしを国土からいただく――そういう作用が土木だと考えています。橋を架けたら国土に支えてもらわなければならない、トンネルをつくったら穴を開けさせていただかなければならない。国土に負担をかけているわけだから、常に感謝の気持ちを忘れてはいけない。土木学会の会長として、こうした考えを広く伝えていきたいと思っています。

残間――大石さんは昔から一貫してそうおっしゃってきましたね。でも、一般市民はそういうふうに見ていない。穴を開けて自然破壊している、と(笑)。そのあたりのことが、世の中に正しく伝わるといいですね。

大石――そのために、残間さんにもずいぶんご協力いただきました。

残間――もう30年。私と大石さんの歴史は、ずっとそれをやってきたようなものですね。私も勉強になりました。印象に残っているのは、何かの委員会の委員を私に委嘱するというので、わざわざ事務所へ来てくださったときのこと。こういう方がみえるのは珍しいので、一緒に写真を撮っていただき、週刊誌の「今週会った人」というグラビアで紹介したのです。今だったら噂になって大変だったかも(笑)。

大石――そうでしたね。写真を撮るとき「目が笑っていない」と残間さんに注意された(笑)。

残間――その頃から大石さんは「国土をこよなく愛する人」という印象でした。でも、インフラは身近にあって非常に大事なものなのに、「国土学」という言葉は私たちの生活のなかにボキャブラリーとしてありません。それをどうやって伝えるか。公共事業の多くは、橋が欲しい、道路が欲しいという声が地元の政治家を通して行政に伝わり、実行されるもの。市民と行政をつなぐ政治が信頼されていないと、大石さんのようなお考えは共感を得にくいかもしれません。一方で大石さんは、一般の人と公共事業を手掛ける人たちを直接つなぐ努力をされてきましたよね。

大石――その気持は今も変わりません。10年以上前になりますが、残間さんに国交省の職員を対象とした「コミュニケーションスキル向上懇談会」をコーディネートしていただいたこともありました。

残間――国交省は現場を持っている唯一の省庁であるだけに、地域と密着して仕事をするスタッフが誤解を受けないように、きちんと説明できなくてはいけない。しかも、ただ説明するだけではなくて、皆に共鳴してもらい、できれば一緒に事業に参画もしてもらわなければならない。そのためには、事業を自分ごととしてリアリティーをもってとらえてほしい――。大石さんはそうおっしゃっていました。
 私が手がけた懇談会は、現場の職員が市民と“共通言語”で話せるようにしよう、という勉強会で、3年間続けました。今でも地方整備局へ行くと、「卒業生です」と言ってくださる方がいます。

大石――受講者の中には、今では局長になっている者もいます。講師陣も、キャスターの安藤優子さんやコラムニストの故・天野祐吉さん、ジャーナリストの故・筑紫哲也さんなど錚々たる方々でした。

残間――耳に心地よいことばかり聞いてもだめなので、あえて私の周辺にいる「公共工事に厳しい意見をもっている人」という観点で選んだのです。でも、そういう人たちを現場へ連れて行って実態を見てもらうと、世間で言われているのとは違うことがわかり、発言のトーンが変わったりしました。

大石――講師に自分の仕事を3分間で説明するという実習もありました。

残間――話している様子を動画に撮って持ち帰り、先ずは家族に見せて感想をもらうものです。専門用語の意味がわからないとか、「ございます」が多く、へりくだりすぎて逆にバカにされているように感じるとか(笑)。

大石――一般の人たちに理解できる言葉で伝えられることは、土木人として必須の能力ですから、大いに役立ったはずです。


ビッグデータやAIを駆使し今こそ公共事業の遅れを取り戻すべき



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大石――残間さんが土木を真剣に考えてくださるのは、一つには生い立ちも関係しているのではないかと思います。仄聞したところでは、お父さんが土木技術者だったとか。

残間――トンネルの防水工事を専門とする会社の責任者でした。ほとんど家に帰っこないので、母や弟と現場を訪ねて行ったこともあります。高い足場を軽々と上り、職人さんたちに指示を出す父の姿を見て誇らしく感じました。そのせいか、今も旅先で女友達は景色が素晴らしいと言うのに、私は多くの人が命がけでつくったダムやトンネルなどを見て感動するのです。

大石――土木の仕事は、特定の企業や個人のために行うものでなく、特定の大企業やお金持ちが実施するものでもない。つまり、皆が皆のために国土のうえで展開するサービスです。そのような仕事が誇らしくないわけがないし、ましてや恥ずべきものであるはずがありません。それなのに、ないがしろにされていることが私は歯がゆくて仕方ないのです。

残間――公共のために皆が力を合わせてインフラをつくっているはずなのに、人々から曲解されてしまう理由は何だと思いますか。

大石――財政のひっ迫も一因でしょう。余裕がないから、公共事業は無駄であるというキャンペーンを打たれてしまった。もう一つは、新自由主義の影響で、何でも民営化すればよいという風潮もあったと思います。小さい政府ほどよしとする考えからすれば、公共事業で長大橋や巨大なダムをつくるのは、政府が余計なことをしている象徴のようなもの。絵になることもあって、標的にされてしまったのでしょう。
 しかし、それが間違いであったことが最近になってはっきりしました。デフレにもかかわらず内需を抑えてきたために、世界の中でほとんど唯一、日本だけが経済成長しなかったのです。それが国民の貧困を生んだ。今こそ、この間違いを反省して考え方を変えていく時期に来ていると思います。
 もちろん、無駄なものはつくってはいけませんが、必要なものとそうでないものをきちんと判別し、必要なものはつくらなければならない。土木学会が先頭に立ち、このことを国民に理解していただく運動を進めていかなければ、と思います。

残間――私は、政治の体制が脆弱だったことが大きいと感じています。インフラのように人々の暮らしの基盤になるものは、一般の財政からは区分けして考えるべき。それを曖昧なまま一つの金瓶の中で語られてしまったのは、やはり政治の弱さでしょう。
 気がついたときにはなすべき公共事業が遅れていて、いざ災害が頻発すると、工事に反対していた人たちも「早く堤防をつくってほしい」となる。行政や政治に任せきりの人々も、政治家も不勉強だと思います。

大石――大きな自然災害は千年に一度起こるなどと人間の生きる時間とは比べものにならないほど長いサイクルで起こります。選挙で選ばれる人の任期は短いし、一般の人でも例えば80歳になるまで洪水を体験したことのない人に堤防の必要性を理解してもらうのは大変。そこが、公共事業に対する共通認識をつくり上げるうえでの課題であり、われわれは訴え方をさらに磨かなければ、と思っています。

残間――公共事業の遅れは、今からでも取り戻せるのでしょうか。

大石――米国は、1980年代にインフラの老朽化が激しくなり、「荒廃するアメリカ」と呼ばれたことがありました。このままでは日本も同じ道をたどることになりかねない。それだけは絶対に避けなければなりません。今、土木学会ではビッグデータを使ってAIで老朽化を判断する新たな技術開発に力を入れていますし、アメリカの土木学会にも共同研究を提案するつもりです。


ソーシャルな発想の若者たちがつくる血縁によらないコミュニティーの可能性



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大石――イギリスのリンダ・グラットンさんが著書『ライフ・シフト』で、人生100年時代の生き方を提唱して話題になりましたが、残間さんはずっと早くに『それでいいのか蕎麦打ち男』を出版され、シニア世代の社会参加を呼びかけました。

残間――初版は2005年で、その後『引退モードの再生学』として文庫化されました。

大石――このままいけば日本では年金、介護、医療などが立ち行かなくなることは明らか。試算によれば、厚生年金の掛け金を上げずに支給開始年齢をスライドさせていくと、75.5歳になるそうです。もはや社会制度に頼るだけではダメなのです。これを救う方法は、かつての日本社会で当たり前だった大家族に戻る以外にないのではないかと思います。昭和30年頃までは、6人家族の割合が一番多かったのですから。両親と祖父母と子どもたちという家族構成なら、家庭での教育力も高いし、災害時に高齢者を助けることもできます。
 こうした大家族で暮らすには、大都市よりも地方のほうがいい。われわれは「地方を捨てた世代」と言われましたが、もう一度、地方を活かす時代にしていくことが必要ではないかと思っています。それには、モビリティーをはじめ、地方のインフラをきちんとつくっていくことが欠かせません。

残間――でもね、大石さん。それは論としては素晴らしいと思いますけれど、家族を構成する“人”の部分が変質してしまった今では、昔のような大家族で暮らすのはもう無理なのではないでしょうか。その代わり、若い人たちの間ではソーシャル・ビジネスやソーシャル・デザインといった考え方が出てきています。誰かのために自分の技や知見を生かしたいという人が地方にも増えていて、数はまだ少ないけれど、SNSでつながっている。こういう人たちの間で「インフラも皆で保全していこう」という広がりが出てきているし、若い人で移住する人をみていると、“非血縁型家族”のようなつながりも地域の中に生まれてきているのを感じます。

大石――土木学会の会員は全国にいろいろな立場で活動していますから、そうした有能な地域の若手リーダーを応援できると思います。最後に、残間さんから会員に向けてエールをお願いできますか。

残間――100年後、200年後、この国をどうしていくか。その担い手である土木の人たちには、長い目でものごとを捉えてほしいし、私たちも手を携えていきたいと思います。それにはまず、人と人として信じ合えることが大切。仕事だけではなく趣味でも何でも、人としての軸線をたくさん持ち、人が集う場へ足を運んでほしいと思います。結局は、人なのです。個人が信頼されれば、そこから理解が広がっていく。私だって大石さんと知り合わなければ、「公共事業、無駄じゃない?」と言っていたかもしれません(笑)。人間として魅力的で、社会のための仕事を一生懸命やっていれば、ちゃんと見ていて感謝する人は必ずいるので、頑張ってほしいですね。

大石――勇気の出るお話をありがとうございました。

[執筆]三上美絵 [撮影]大村拓也

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残間 里江子 (ざんま りえこ)

プロデューサー、㈱キャンディッドプロデュース代表取締役社長

アナウンサー、雑誌記者、編集者を経て、1980年企画会社を設立。映像、文化イベント等を多数企画・開催する。国土交通省「社会資本整備審議会」、財務省「財政制度等審議会」など行政諸機関の委員を数多く歴任。2009年には、新しい「日本の大人像」の創造を目指し、会員制ネットワーク「クラブ・ウィルビー」(http://www.club-willbe.jp)を設立。

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