「次世代への土地の継承は公共性の認識と法整備が鍵」前編 大石久和会長特別対談

ゲスト:吉原 祥子氏(公益財団法人 東京財団政策研究所 研究員・政策オフィサー)

「次世代への土地の継承は公共性の認識と法整備が鍵」中編 大石久和会長特別対談

ゲスト:吉原 祥子氏(公益財団法人 東京財団政策研究所 研究員・政策オフィサー)

「次世代への土地の継承は公共性の認識と法整備が鍵」後編 大石久和会長特別対談

ゲスト:吉原 祥子氏(公益財団法人 東京財団政策研究所 研究員・政策オフィサー)

「次世代への土地の継承は公共性の認識と法整備が鍵」

大石会長が各界の第一人者とともに経済や社会、歴史、文化など幅広い分野と土木の関わりを議論する対談シリーズ。今回は東京財団政策研究所の研究員兼政策オフィサーで、土地の「所有者不明化」問題を研究する吉原祥子氏を招き、現状や制度上の課題、日本人の土地の所有意識について意見を交わした。

吉原祥子氏 公益財団法人 東京財団政策研究所 研究員・政策オフィサー 
大石久和 第105代土木学会会長

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「所有者不明土地」の増加が公共事業や土地活用の大きな支障に




大石――吉原さんは、土地問題について研究してこられ、昨年、『人口減少時代の土地問題――所有者不明化と相続、空き家、制度のゆくえ』(中公新書)という本を上梓されました。「不動産登記簿などを見ても所有者の所在が直ちには分からない土地が、震災復興や空き家対策において大きな支障になっている」と、現状に警鐘を鳴らしたこの本は、多くの人の関心を集めました。どうして土地問題に取り組もうと思われたのでしょうか。

吉原――きっかけは、2008年の夏に、私が所属している東京財団政策研究所のある研究者から、北海道を中心に外資が日本の森を買っているのではないかとの問題提起があったことです。これがきっかけで、「国土資源保全プロジェクト」として、この問題についての研究が始まりました。
実際に事例を調べていくと、現行の土地制度に多くの課題があることがわかってきました。今の制度では、土地の所有者や利用実態の正確な把握が難しいのです。例えば、土地の権利関係を公示する不動産登記は、義務ではなく任意のため、田舎にある需要のない土地を相続したとしても、手間や費用を掛けてまで相続登記しない人が増えています。そして土地の基本的な情報を、行政が十分に把握できていないがために、外国人による土地売買などの新しい動きがあると、正確な実態が分からず右往左往してしまう。ですから土地制度そのものをまず研究する必要があると思いました。

大石――私は現役時代、国土交通省で公共事業を現地で実施していたのですが、用地の買収には大変難儀しました。まず地元の方に、その事業について、暮らしを良くするものだと理解していただかないといけない。理解が得られても、今度は公図と現状が大きく異なっていて、用地買収が進まない。土地の戸籍である「地籍」が確定されていない土地が、かなりの面積を占めているのです。道路用地に協力するという人でも「隣との境界線が、先祖が言っていたのと違っている、これでは売らない」と言うことが少なくありません。それぞれの土地の境界調整をしてからでないと用地買収に入れない例がずいぶんありました。

吉原――「土地の所有者が分からない」という問題が最近になって注目されていますが、これも根本に制度的な問題があり、それが道路を通す時や災害復旧など、いざ土地を利用するときに表に現れて、支障となってしまう。
 土地政策には土台となる情報が二つあります。一つは物理的な地図情報、もう一つが権利に関する情報です。地図情報は、地籍調査などによって測量し、面積、地目、隣接地との境界などを確定するものです。これが定まっていないと、大石会長が言われたように、公共事業などでその都度、調査が必要になってしまいます。
 一方、権利情報は、不動産登記制度に代表されるような「誰の所有であり、土地にどういう権利が付着しているか」を記したものです。けれども、任意である登記情報だけで現在の所有者を把握することは難しい。つまり、地図情報と権利情報のそれぞれに大きな課題を抱えているのです。

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登記の割合を上げるには義務化より優遇措置に公算あり

大石――国土交通省で技監をしていたときに、小泉政権が都市の再生をするというので、先行して地籍を確定しておく必要が出てきました。ところが地籍調査というのは、市町村が主体で行いますから、彼らにしてみれば負担が増えることになる。そこで官邸が大きな判断をして、全額を国費で賄うことにした。それでいったんは調査が進んだものの、その後、地籍の確定率が5割を超えてからは、あまり進捗していません。先進国の中で、地籍が確定していない国など他にありません。
 しかも、都市部の地籍確定率が低いのです。再開発プロジェクトを進めるにも、不明なところの地籍を確定するのに膨大な時間がかかる。例えば、六本木ヒルズでは、地籍の確定に4年を要したといいます。大手だからできたことで、小さな開発会社であれば、そんな長期間資金を寝かすことには耐えられないでしょう。

吉原――物理的な地図情報が完備されていないなかで、国は不動産市場の国際化を促進しようとしています。優良な投資を国内外から呼び込むためには、地図情報を確定し、権利情報を整理していくことは必須です。
 さらに「こういう土地は国の安全保障上、売買対象にしてはいけない」というように、利用や売買に関する実効性のあるルールもつくっていく必要があります。

大石――登記が任意だから登記をしない土地が増え、それが所有者不明の土地問題につながっている。ならば、登記を義務化したらどうか――という声もあります。

吉原――義務化は、実現性と実効性の観点から難しいだろうと私は思っています。登記制度を定めている不動産登記法は民法の手続法です。つまり、権利の保全と取り引きの安全を確保するための仕組みであって、行政が最新の土地所有者情報を把握するためのものではありません。また、利用する見込みのない田舎の土地を持て余す人が増えるなか、相続登記を義務化したところでそれが守られるか、実効性にも疑問が残ります。
 義務化ではなく、例えば空き家の撤去費用の補助を受けるには相続登記が済んでいることを条件とするなど、各種制度を利用するうえで、登記がされていることを要件とする仕組みを作っていくことが有効ではないかと考えています。

土地が持つ「公共性」を見失った現代の日本人


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吉原――私がこの問題を研究していて感じるのは、土地に対する人々の強い所有意識です。地籍調査がなかなか進まないことや、隣家と境界確定の合意をとることの難しさの根底には、日本の所有権のあり方の問題があるのだろうと思います。
 司馬遼太郎が高度成長期の頃に『土地と日本人』(中央公論社)という土地問題の対談集を出しています。その中で彼は、地籍調査も未了のまま、土地が商品化されること、短期的な転売を繰り返して儲けを生んでいくことに、非常に懸念を示し、そうした土地の権利のあり方を問題視していました。土地は個人の財産ですが、同じものを生み出すことができないという意味で代替性がありません。だからこそ次世代にきちんと引き継ぐものである、という認識を持つ必要があると思います。
 私たちの暮らしの土台であり国土である土地の公共的な側面を考えれば、自分の権利を主張するだけでなく、管理責任を負うことや、売買の手続き上、守るべきことも出てくるはずです。けれども私たちは、土地に個人の財産という側面ばかりを見てしまっている。

大石――まったく同感です。法制史学者の石井紫郎先生が、わが国において土地の所有権が確立していった過程を研究されています。実は日本人は江戸時代まで私有物がなかったといわれています。持っているものすべてが誰かからの預かり物であり、次の世代に渡すものという感覚を皆が共有していた。土地にしても、大名は将軍から領地を預かっているだけ。農民が耕している土地は農民のものではなく、多くの場合、集落のものでした。年貢は「村請制」で、年貢を納める責任は村にあった。そしてその土地の収穫高に対して、年貢を納めていたのです。
 石井先生によると、日本で所有権という概念が生まれるきっかけになったのが、明治6年の「地租改正」だといいます。土地の売買の自由を認め、その売買価格、つまり交換価値に一定率を掛けて租税を取る制度にしてしまった。税を納める責任者が土地の所有権を持つ。私はそこから日本人の「所有観」が狂い始めたのだと考えています。皆が権利を分かち持つのではなく、一人が権利を持つことで、何でも勝手に自由にできると思うようになった。
 ある大会社の会長がゴッホの絵を落札した時に「自分が死んだらこの絵も一緒に棺桶に入れてもらう」と話したことから、ヨーロッパで轟々たる非難の声が上がりました。所有しているから自由にしていいわけではなく、良好な状態で管理する責任がある――。土地も同じです。

吉原――そうですね。「今は自分がこの土地を持っているけれども、それは次に引き継いでいくもの」という土地の公共性にもっと目を向ける必要があると思っています。土地神話が生きていた頃のように、土地が必ず値上がりしていく時代なら、市場に任せていれば、自ずと次の世代に受け継がれ、権利を確保するために登記も進んだでしょう。ところが、都市部を除いて地価の下落傾向が続く今、これまでのように個人や市場に任せているだけでは、うまくいかなくなっています。
 では、どうやって土地という財産を次の世代に引き継いでいくのか。土地の持つ公共性を考えれば、今後、個人の相続を支援する社会的な仕組みが不可欠になっていくと私は思います。利用予定のない人の土地をストックしておく受け皿を地域で用意し、それを自治体や国が法的・財政的にサポートするなどの方策を考えていく必要があるのではないでしょうか。

ルールをつくることで国内外から優良な投資を呼び込める

大石――「公共性」の話が出ましたが、この国は「公」と「私」とのバランスが、この何十年かの間にかなり歪なものになってしまった気がします。1980年くらいから「政府は小さければいい」「規制はなくしてしまえ」という新自由経済学が席巻し、企業が自由にふるまうことが、経済上、最も望ましいという考え方になってしまった。そこでは「公共」という概念などふっ飛んでしまいます。

吉原――「規制は悪である」というイメージができてしまいました。しかし自由であることと無法状態であることは違います。自由な経済活動をするためにも、一定のルールは必要です。
 北海道ニセコ町の片山健也町長が、適切な規制は優良な投資を呼び込むという趣旨のことを仰っています。ニセコ町は、まちづくりや景観に関していろいろ規制が厳しい町です。しかし、それゆえ国内外から優良な投資が集まってきている。観光業も発展し、インターナショナルスクールもできて、町が活性化しています。「企業にしても、個人にしても、その規制が厳しいからこそ、そこに投資すると将来安定して景観が守られる、環境が守られるというインセンティブが働いている」と片山町長は言っています 。規制を撤廃すればいいというものではないのです。

大石――外国人が日本の土地を自由に買っている、と騒がれてから随分時間が経ちます。にもかかわらず、議論は遅々として進んでいないように見えます。

吉原――外国人が日本の土地を買うことは、違法ではありません。外国人が日本の土地を所有し、登記をしなければ、国の安全保障上どういう課題が生じうるかを、私たちが戦後、正面から考えてこなかった。あくまで日本の側の問題です。
 外資による土地購入にもいろいろな見方があります。けしからんと思う人もいれば、地域の側から見ると、短期的には地域の経済を潤すので歓迎する人もいます。国内の観光需要や投資を期待することが難しい地域であればなおさら、海外からの投資への期待があるのでしょう。大事なことは、国として土地制度をどう考えていくのか。迂遠であるけれども、そこを正面から議論しないといけないと思います。それが安全保障上の解決にもつながっていきます。

大石――吉原さんの功績もあって、土地の問題にスポットが当たるようになりました。吉原さんがこの本をお出しになる少し前に、私も『危機感のない日本の危機』(海竜社)という本を上梓しました。GDPの世界シェアが日本はこの20年で18%から6%に減り、世界の中で、唯一日本だけが経済成長していない。しかしながら、その危機感が日本人にはないのではないか、というのが執筆動機でした。こんな状態のままで子どもたち、孫たちに引き渡せないという焦りの気持ちがありました。次の世代への私たちの責任について、最後に一言、頂けますか。

吉原――世界との競争が厳しくなる一方で、これからの日本は、人口減、高齢化、低成長と、社会の前提条件が大きく変わります。今の制度のままでは、社会の変化とのギャップは開き続けるでしょう。また、国が土地の情報基盤をきちんと整備することの重要性もますます高まってきます。利用ルールの統一や、全国で情報を共有するための標準化も進めていかなければなりません。
 私たち個人としても、次の世代に権利や義務、財産を引き継いで行くためにどうすべきなのか、真剣に考えていかないといけないと思います。田舎に残された実家の土地をどう管理するのか――土地の問題はまさに一人ひとりが単位なのです。
大石――諸制度を整えておくことが、次世代への私たちからの贈りものなのですね。それはインフラの整備についても言えることです。日本の将来に対するわれわれの責任が大きく問われていると思います。



[執筆]三上美絵 [撮影]大村拓也

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吉原 祥子 (よしはら しょうこ)

公益財団法人 東京財団政策研究所 研究員・政策オフィサー

東京外国語大学卒。タイやアメリカへの留学を経て、1998年より東京財団政策研究所勤務。国土資源保全プロジェクトなどを担当。著書に、『人口減少時代の土地問題――「所有者不明化」と相続、空き家、制度のゆくえ』(中公新書、2017年)。

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