「社会の問題解決に土木人のエンジニアリング力を期待」



大石会長が各界の第一人者とともに経済や社会、歴史、文化など幅広い分野と土木の関わりを議論する対談の第4回。今回は会長が古くから親交のある寺島実郎氏の活動拠点「寺島文庫」へ伺い、インフラの国家戦略について活発な意見を交わしあった。

寺島実郎氏 (一財)日本総合研究所会長、多摩大学学長
大石久和 第105代土木学会会長

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土木技師ブルネルがチャーチルの次に尊敬される国、イギリス




大石――お久しぶりです。今、「寺島文庫」の全体をご案内いただきましたが、この部屋はテレビ番組の収録スタジオとして使われているのですね。

寺島――BS11で毎週金曜日の夜に放送している番組『週刊寺島文庫』は、まさにこの文庫を時代認識の発信の場として、私自身が時代のキーマンと向き合いながら、今注目すべきジャンルやテーマについて徹底討論しています。

大石――寺島先生には、国土交通行政についてさまざまな審議会を通じてご指導をいただき、ありがとうございました。今日は土木学会会長の立場でお話を伺います。
 私は、土木というのはインフラを整備・形成し、管理する「知的生産の総体」であると考えています。しかし昨今は、予算削減によって厳しい環境が続いています。各国政府の固定資産形成費とGDPの伸び率を比較してみると、日本を除くすべての先進諸国は固定資産形成費とGDPが共に伸びており、日本だけ固定資産形成費が減り、GDPも下がっているのです。
 にもかかわらず、政治もメディアもほとんど危機感を持っていないように思えます。インフラは常に時代を切り拓いてきたし、国民生活を支える基礎中の基礎であるのに、国中でその認識が薄いのは一体なぜなのか。これが私の長年の疑問です。

寺島――近著『ユニオンジャックの矢』にも書きましたが、BBCが2002年に実施した世論調査によれば、イギリス人の尊敬する歴史上の人物は一位がチャーチルで、二位にはイザムバード・キングダム・ブルネルが入っているのです。ご存知のとおり、ブルネルは世界で初めてシールド工法を採用し、テームズ川の下をくぐるテームズトンネルを建設したのをはじめ、数々のインフラ施設を手掛けた技術者です。
 イギリスのポテンシャルを考えるとき、目に見えない財として「エンジニアリング力」というキーワードは欠かせません。エンジニアリング力というのは、ものごとを総合的、体系的に組み立てて課題解決に導くアプローチです。ブルネルはまさにその先駆者であり、そういう人物が国民から高い評価を受けている――この事実こそが、イギリスと日本の違いを明確に表しているのではないでしょうか。
 私は国土事務次官を務められた故・下河辺淳さんや国土交通省時代の大石さんと知り合って「国土というものに対し、こういう思想と構想力を持って最前線で戦っている人がおられるのだ」と感銘を受け、少なからず影響も受けたと思います。
 現在も続いている社会資本整備審議会の国土幹線道路部会はもちろん、それ以前からさまざまな委員会で「単純に公共投資を減らせばよいというものではない」と言い続けてきたものの、なかなか理解を得られずに悩みました。民主党政権の掲げた「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズは、まさに“きれいごと”の落とし穴を象徴していたと思います。
 とはいえ、東日本大震災の際、釜石の沿岸部で唯一の安全地帯となった「命の道」や、道路啓開の「くしの歯作戦」で救援ルートが確保されたなどの事実によって、世の中の空気も少し変わってきたように感じます。
 今こそ、無味乾燥に見える“コンクリート”が、実は生身の人間のダイナミズムを支えていることをイメージする想像力が日本人に問われているのです。メディアが報じるのはたいてい、株価がどうなっているかというマネーゲームの話。しかし、経済を生きる人間が議論しなければいけないのは、現実のプロジェクトについてでしょう。濡れ手に粟で儲けることばかり考えていたのでは、国の経済の本当の意味での成長はありません。

大石――金融経済が実体経済を上回るようになって久しく、金融にさえ目を向けていれば経済を語れているかのような風潮が蔓延しています。だから、それを支えているベーシックな部分がないがしろにされてしまう。例えば、「地方は東京にとって負担である」と考える人がいますが、東京で消費しているのはほとんどが地方で生産されたもの。電力も99%は東京以外の発電所から送電されている。都会の人間は、そういうことにあまりにも無関心であり、しかもそれで暮らしていける――。これは大きな奢りであり、そこにこの国の本当の病があるような気がします。



アジア貿易の進展で日本の国土軸が変わる




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寺島――先日、大変ショッキングなことがありましてね。サンフランシスコへ行ったのですが、ベイエリアで不動産価格が異様なまでに高騰しているのです。ごく普通の小さな一戸建て住宅でも、日本円で2億円を超えるほど。
 原因は、ICTのイノベーション・センターであるシリコンバレーと、マネーゲームのセンターであるウォールストリートのリンクにあります。つまり、ベンチャーファンドがシリコンバレーの有望ベンチャーに莫大な資金を投下し、一部の経営者が巨万の富を手に入れた。彼らがサンフランシスコのベイエリアに不動産を購入することで、価格が吊り上げられてしまったわけです。もちろん、上昇しているのは不動産だけではありませんから、中間所得層や学生にとっては生活コストがかさみ、非常に住みにくい状況になっている。シリコンバレーの光と影の、影の部分がベイエリアに凝縮した恰好です。
 これを見て私は、格差や貧困の問題を解決するためには、より広域で新たな社会システムを構想していく力、インフラやアセットマネジメントを含め人間が生きていく空間をエンジニアリングする発想が重要である、とつくづく痛感しました。そういう能力を持っているのは、土木をはじめ工学系の人たちです。

大石――激励をありがとうございます。私も土木学会の会員に向けて「土木は総合科学である」と伝えています。それこそが工学のなかでも土木ならではの特性であり、それぞれの専門分野を統合して国民に何を提供できるかを常に自らに問いかけていなければいけない、と。
 寺島先生がおっしゃるとおり、長期的な視野に立ってプロジェクトを進めるのがわれわれの仕事です。例えば、圏央道は私がまだ道路局の課長補佐の頃に始まった長期プロジェクトです。当初は都心を迂回する環状道路の意義が地権者や国民からまったく理解してもらえず、「なぜわざわざ目的地と逆の方向を通らなければいけないのか」と怒られる始末でした。狭いエリアで見ると確かにそうなのですが、都心を通らずに東海と東北を結ぶことができれば、大きな経済効果が生まれるわけです。マネーゲームで短期のゲインを求める発想では成り立たないのが、土木の世界です。

寺島――国土幹線道路部会長を引き受けてから、私は「首都圏3環状を実現させなければ日本の未来はない」と公言してきました。
 日本が成長していくために欠かせないのが「アジアダイナミズム」である、というのが私の持論です。今すでに、日本の貿易の52%をアジアとの交易が占めており、日本海物流の重みが増しています。そうすると、必然的に日本海側の港湾と太平洋側の戦略的な対流を促さなければならなくなる。

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出典:「寺島実郎の時代認識と提言」資料集2017年秋号

 例えば首都圏では、新潟と東京をつなぐ関越自動車道の重要度が上がります。加えて、関越の鶴ヶ島と八王子が圏央道でつながることで、八王子と中央自動車道で結ばれている山梨が、工場立地の適地として注目されるという現象も起きている。このように、アジアとの大きな関係性において日本の国土軸が変わってきているという発想に立てば、インフラはまさにこのダイナミズムを血流としてつなぎとめる「知恵の基盤」と言えるでしょう。



超高齢社会に求められる「移動」と「交流」の機会創出




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寺島――圏央道は物流ばかりでなく、“人流”の軸を変える要にもなっていきます。
 首都圏では1950年代から70年代、国道16号沿いに大規模な団地が次々と建設されましたが、近年、そこに住む人たちが軒並み定年を迎えて高齢化し、社会的な孤立や生きがいの喪失など大変な課題に直面しつつあります。そのような厳しい状況の突破口として私が注目しているのが、相模原です。相模原は圏央道ともつながっており、将来は中央リニア新幹線も通る。リニアなら品川や甲府へ10分程度で行けるようになるわけです。まもなく異次元の高齢社会へ突入する日本において、交通ネットワークはどうあるべきか。「相模原モデル」が、その基準になると考えています。
 2017年9月には、リニア開業を見越した「スーパー・メガリージョン構想検討会」がスタートしました。2045年には品川-大阪間が約1時間で結ばれますが、その頃、16号線の団地住人はどうなっているか、リニア中間駅はどう変われるか、柔らかい頭で大きな構想を描いていかなければなりません。

大石――“人生100年時代”と言われるこれから、核家族で大都市にしがみつく暮らしは限界に来ていると私は思います。日本には自然豊かな地方があり、これをもう一度活用するべきではないでしょうか。そのために欠かせないのが、交通ネットワークの充実です。

寺島――おっしゃるとおり、「移動」と「交流」をどう増やしていくかは、非常に重要なテーマです。横浜の団塊シニアが長野県飯綱町で仲間と運営する実験的リンゴ農園の事例を『シルバー・デモクラシー』という本に書きました。私は「いざ、裏山へ」と言うのですが、人は自然の中で季節の変化に気づき、食や農に関わって工夫したりすることで賢くなり、それがコミュニティー参加のプラットフォームにもなる。そうした機会を増やすために、高齢になっても自由に動き回れる手段を用意していく必要があります。

大石――私も家庭菜園でジャガイモをつくっていますが、ストレス解消には最高ですね(笑)。人々の移動と交流を支えるためには、リニアのような広域ネットワークのほか、これと連携して地域の側で人の移動を支えるモービルアビリティーを階層的に用意する構想も求められていると思います。
 一方、今後の日本を考えるうえでは防災も重要です。私たちは東日本大震災で、すべての自然災害を防災施設だけで防ぐのは不可能だと学びましたが、施設によって被害を緩和することは可能です。防げるものはまず、防げるようにしておかなければなりません。寺島先生はこのあたり、どのようにお考えでしょうか。

寺島――私は宮城県の震災復興会議に参加しています。震災から6年がたち、数字のうえでは復興が進んでいると言うものの、東北の人口減少は止まらず、産業基盤をどうするかといった広域での構想は生まれていません。
 阪神淡路大震災以降いくつもの大地震を経て、災害時に役立つ携帯電話やコンビニは普及しましたが、被災者のための住環境整備は一向に進んでいない。未だに体育館にゴザなのです。例えば、水回りをパッケージした居住用コンテナを地方ごとに集積しておき、自衛隊のヘリで被災地へ運ぶ、といった仕組みを構築しておくべきだと思います。

大石――「体育館を避難所として使う」ではなく、「避難所を平時には体育館として使う」と考えるぐらいの発想の転換が必要かもしれません。土木は総合科学であると同時に、「安寧の公共学」でもあると私は思っています。今後も、国民が安心して暮らせるために、われわれにできることを追求していきます。本日は貴重なご意見をありがとうございました。


[執筆]三上美絵 [撮影]大村拓也

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寺島 実郎 (てらしま じつろう)

(一財)日本総合研究所会長、多摩大学学長

1947年北海道生まれ。1973年早稲田大学大学院修了後、三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所会長等を歴任。国土交通省社会資本整備審議会道路分科会国土幹線道路部会長、国土審議会計画推進部会委員など、国の審議会等委員も多く務める。
 著書に『ユニオンジャックの矢』(NHK出版)、『シルバー・デモクラシー』(岩波新書)など多数。

公益社団法人 土木学会
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