「「公益」の観点に基づく投資が日本を「希望の国」へ導く」前編

ゲスト:アライアンス・フォーラム財団代表理事、内閣府参与 原 丈人氏

「「公益」の観点に基づく投資が日本を「希望の国」へ導く」中編

ゲスト:アライアンス・フォーラム財団代表理事、内閣府参与 原 丈人氏

「「公益」の観点に基づく投資が日本を「希望の国」へ導く」後編

ゲスト:アライアンス・フォーラム財団代表理事、内閣府参与 原 丈人氏

「「公益」の観点に基づく投資が日本を「希望の国」へ導く」

The investment based on "Public Benefit" will lead Japan to "Hopeful Country"


社会資本整備と公物管理を担う私たちには、現代社会の実情と課題を見通す視野と、課題解決に向けた判断力、行動力が求められている。そのためには、専門分野の技術だけにとらわれず、経済や社会の分野へと広く目を向ける姿勢が欠かせない。今号から6回にわたり、各界の第一人者をお迎えし、大石会長との対談の模様をお届けする。

原 丈人氏 アライアンス・フォーラム財団代表理事、内閣府参与
大石久和 第105代土木学会会長

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内在する価値を発掘して育てるベンチャー投資は考古学と同じ


大石――初めてお目にかかります。私は原さんの近著『「公益」資本主義〜英米型資本主義の終焉〜』を読んで目から鱗が落ちる思いがしました。
 原さんは、世界を席巻している「株主資本主義」に代わる資本主義の在り方として「公益資本主義」を提唱していらっしゃる。私は、昨今の日本に、土木を「公益」の視点で捉える考えがなくなったことを憂いており、これをきちんと取り戻したいと思っていました。
 それで、原さんの「公益に資する」という考え方はまさにわれわれ、土木の人間にも大変参考になる、ぜひお会いしたい、と考えたのです。

――ありがとうございます。私は「会社は株主のもの」とする英米流の考え方こそが、世界の経済危機の根本的な原因だと思っているのです。株主を主体にすれば、株価を左右するROE(自己資本利益率)の数値を上昇させることが経営の最優先事項になる。同じ数値を出すなら、利益を大きくするより資産を小さくするほうが簡単なので、人件費や技術開発投資が削られる。ROEを絶対視すると、長い年月と資金を必要とする研究開発などやらないほうがよい、ということになってしまいます。

大石――おっしゃるとおりです。原さんは、シリコンバレーで自らベンチャーを経営したり、出資したりしてこられ、今は新技術を用いた新興国支援なども手掛けておられます。どのような経緯でベンチャーの世界へ入られたのですか。

――もともとは考古学者を目指していました。大学の夏休みに中米を旅行したとき、エルサルバドルで台形のピラミッドを見たのがきっかけです。エジプト以外にもピラミッドがあることに驚き、「いつ誰が何のために、どうやってつくったのか」という疑問が頭を離れなくなりました。帰国後に、この地域の文明に関する文献を読み漁り、考古学を一生の仕事にしたいと思うようになったのです。
 しかし、考古学研究の発掘調査には膨大な資金が必要です。トロイアの遺跡を発見した考古学者シュリーマンは、貿易などの事業で稼ぎ、誰からの指図も受けずに研究を続けました。私もそんなふうに自立したいと、英語とビジネスのやり方を学ぶためにアメリカへ渡ったのです。
 1979年から2年間、スタンフォード大学のビジネススクールに通った後、工学部大学院へ移籍して在学中に起業し、この会社で得た自己資金を元にベンチャーキャピタルを立ち上げました。
 考古学からは随分離れたように見えるかもしれませんが、私自身はそう思いません。誰も価値に気づいていない新しい技術を発掘し、ゼロから育てていくベンチャーキャピタルの仕事は、見捨てられた遺跡から過去の遺物を発掘し、人類の遺産として残す考古学の仕事と同じだと思っています。

米国ビジネススクール時代から感じていた株主資本主義への違和感


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大石――アメリカのビジネススクール出身の原さんが、資本主義に「公益」の考えを持ち込むに至ったのはどうしてですか。

――起業した会社がようやく軌道に乗ったのが、1980年代後半。ここまでは楽しかったのですが、93年に株式市場に上場してから、私にとって会社経営は悪夢になりました。というのは、大株主たちが「会社は株主のものだから、経営陣はできるだけ短期間で時価総額の最大化を達成するべきだ」と言うのです。ビジネススクールでもこうしたことは聞いており、何か変だとは思っていましたが、実際に言われる側に立つと大変なプレッシャーを感じました。
 私は企業家であった父や祖父から「会社は社会の公器である」と教えられて育ちましたから、「アメリカのビジネススクールやウォールストリートの投資家たちの論理は、絶対におかしい」と確信するようになりました。

大石――父上は鉄道模型が趣味だったそうですが、技術者でいらしたのですか。

――父は東京工業大学の機械科学科出身です。95歳で亡くなるまでに、1500台あまりの鉄道模型を自作しました。私は小さい頃から父に感化されて鉄道ファンになったのです。考古学にのめり込むきっかけとなったエルサルバドルにも、実は中米の鉄道を見に行く旅行のついでに立ち寄りました。
 父は戦前の大学時代に自動車部を創設しましたが、アメリカ製のエンジンと日本製ではあまりにも性能が違うことから、戦争で勝てるわけがないと考え、反戦を唱えて特高警察に追いかけられたというエピソードがあります。気骨のある人で、私は憧れていました。

大石――そうした広い視野は、土木技術者に最も必要な素養です。エンジンを比較して国力を判断したというのは、装備の重要性を認識されていたということでしょう。土木はまさに装備や装置を提供しているわけですが、一般に、日本人はこうしたものに関心が薄い傾向があります。

大石――ところで、アメリカはもともと株主資本主義の考えを持っていたのでしょうか。それとも、時代とともに変化してそうなったのでしょうか。

――昔から株主資本主義を追求する説はありましたが、主流ではありませんでした。それには二つ理由があり、一つは富がうまく分布し、中産階級が非常に豊かで、社会が安定していたこと。もう一つは、資本主義の対極として社会主義が存在していたことです。ソビエト連邦が崩壊すると資本主義を抑制するものがなくなり、その悪い面も同時に増大してしまったのです。

大石――フリードマンを代表とする新自由主義が台頭してきたことも大きいでしょう。

――そうですね。ミルトン・フリードマンはスタンフォード時代の私の先生でした(笑)。ただ、私は彼の説を信じなかったし、反対の考えをもつ先生も少なくありませんでした。当時は日本企業が隆盛でアメリカ経済が落ち込んでいた時代ですから、年功序列や終身雇用を基本とする日本型経営をよしとする人もたくさんいました。
 しかし、レーガンやサッチャーは新自由主義を推進した。これによって企業は、労働者の給与を抑えて会社の利益を上げる方向へ走り出したのです。

100年後に向けた理念があればインフラ投資は受け入れられる

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大石――私は不思議で仕方がないのですが、どうも日本は公益資本であるインフラを軽視しているように思えてなりません。株主資本主義に走ったアメリカでさえ、インフラは重視しています。オバマ大統領は「アメリカの競争力の根源はインフラにある」と言っていました。トランプ大統領も「インフラに1兆ドル規模の投資が必要だ」と述べています。
 わが国もかつてはアメリカの要望もあり、公共投資に熱心だったのですが、このときも「インフラストラクチャー」という言葉を使わず、「パブリック・ワークス」つまり「公共投資」としか言っていない。日本人にはインフラという概念が欠けているのだと思います。
 ドイツと日本の高速道路ネットワークを比べてみても、ドイツは3分の1以上が片側3車線以上で、制限速度は時速130km以上。しかも、多くは無制限の速度で走れます。ところが日本では暫定2車線で、高速道路にもかかわらず十分な中央分離帯がなく、対向車線がある。それで危険だからと、時速70kmに速度制限をしているのです。

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――鉄道も同様です。ドイツのほうが国土は狭いのに、路線の延長ははるかに長く、複々線化も進んでいます。

大石――道路による1時間あたりの移動可能距離を比べると、ドイツでは90kmであるのに対し、日本は約50kmに留まっています。直線距離では大した違いに思えなくとも、これを半径とする円の面積の差は3倍以上になる。つまり、物流で製品をデリバリーしたり、部品をアッセンブリーしたりする効率に大きな差が生まれているわけです。
 今、日本では働き方改革が叫ばれていますが、生産効率を上げて労働時間を短縮するには、基礎条件となるインフラを国が公共サービスとして提供しなければなりません。ところが、現実にはなかなかそうはならず、私は大変歯がゆく感じています。諸外国とのこうした差は、どこから生じると思われますか。

――文明とはモノがあること、文化とはモノをどう使うかということ。つまりハードとソフトです。しかし、日本ではこの定義に「何のために」という理念が抜けているのです。インフラを整備するときに重要なのは、100年後に日本は世界の中でどのような立ち位置にあるべきか、そのとき日本人にとってどういうインフラが必要なのかを考えること。ここをしっかり議論して資金を投下する。1年単位ではなく、100年単位のバランスシートをつくることが必要だと私は考えます。
 誰もが健康で天寿を全うできるような社会へ向けて、医療分野とインフラを複合したまちづくりに投資していくべきではないでしょうか。

大石――日本は世界に先駆けて超高齢社会に突入しました。韓国、台湾、中国などのアジア諸国も後に続いています。特に韓国や台湾は、合計特殊出生率が日本よりも低く、今後は急激に高齢化が進み、日本を追い抜くと予測されています。自国はもちろん、こうした国々のためにも、日本は超高齢社会を乗り切るモデルをつくり上げ、世界へ示されなければなりません。
 今はそうした大きなシナリオが見えていないことが、日本社会に不安をもたらし、若者が将来に夢を持てない国になった原因だと思います。年金も介護も保険も、今のままでは破綻することが目に見えている状況で、刻苦勉励しろと言っても難しいでしょう。
 若者が夢を持てるようにするには、原さんのおっしゃるように、生涯にわたり健康で心豊かな生活を送れる社会をつくる必要があります。人生100年になるとすると、誰もが60歳以降も社会に何らかの付加価値を提供して、利益をいただけるような仕組みをつくらなければいけない。私は、これを支える考え方こそが、原さんの提唱しておられる「公益資本主義」だと思うのです。

――「高齢者は介護が必要だから介護施設をつくる」ではなくて、根本原因である高齢者が、寿命を全うする瞬間まで元気で、遊んだり働いたりできる状況をつくることがまず一番。それには技術開発、制度改正、人材育成の三つが必要です。
 例えば、患者数が少なくて開発の進んでいない難病治療薬を日本で開発する。薬事法を改正して新薬の承認スピードを上げ、製薬や治療の専門家が育って、「この病気は日本でしか治療ができない」となれば、日本は「希望の国」になります。これは究極の安全保障でもある。外国からも人が集まり、産業としても成立するでしょう。そのためには、医療の技術だけではなく、空港や道路、鉄道、病院施設といったインフラが必須です。
 このように「何のために」という理念があれば、インフラ投資はもっとも重要なものとして社会から認められるようになるはずです。

大石――世界に必要とされる日本。われわれ土木の人間は、それをインフラの整備と維持管理の側面から支えることで貢献していきたい、との思いを改めて強く持ちました。本日はありがとうございました。

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[執筆]三上美絵 [撮影]中村 実

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原 丈人 (はら じょうじ)

アライアンス・フォーラム財団代表理事、内閣府参与

慶應義塾大学法学部、スタンフォード大学経営学大学院、同工学部大学院を修了後、主にICT分野で新技術を創出する企業の育成と経営に注力し、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリストとなる。新技術を用いた新興国の支援を始め、幅広い分野で積極的な提言活動を行っている。国連政府間機関特命全権大使、アメリカ共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長、政府税制調査会特別委員、財務省参与を歴任。

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